社会福祉法人 美徳杜 理事 高橋 成幸

1人ひとりの自己肯定感を育成する



障害のある人の生活、就労支援に25年間携わってきました。 その中で今考えていることは、障害のある人一人ひとりがもと自己肯定感を持てるような支援を提供するにはどうすれば良いかということです。もう少し具体的に言うと、自分ではとてもできないと思っていることを目の前に出されて、「これは自分にはとても無理だな」と考えるよりも、この中の、「これとこれならできる」、「ここを手伝ってもらえばできるようになる」という視点を身に付けられるような支援をしていきたい。そう考えています。
幼少期から否定的な言葉を多くかけられ、できないことが多いためにあきらめることが多い。そんな人たちが自信をもって生活、就労を続けられるようにするためには20点、30点しか取れないことにがんばって取り組むよりも、90点、100点を取れるところから始めて、最初は無理だと思っていたことが、気が付いたらできるようになっていた。「自分にもできる」自然にそんな考えが持てるような場づくりを進めていきたいと考えています。






インタビュー

今までの活動・経歴について


私は、知的障害の方の生活支援・就労支援を25年ほど行なって来ました。
一番最初は、「生活を見ながら仕事を探す」っていう内容の仕事を行なってきました。
30人ほどの通勤寮という、障がい者の方が入る寮があるんです。そこで、寝泊まりをしながら、昼間は普通の会社に働きにいきます。それで、働きながら生活するということを覚えるんです。ですが、法律上、その人たちは、3年でそこの施設を出なきゃいけなくって、3年経ったら、地域にアパートを借りて生活するんです。
そこをグループホームって言って、4〜6人程度で住める物件を借りて、そこで、ご飯の準備、あとお金の計算の支援とか、日常的な相談とかを受けながら働きにいくというのを、支援するんです。
このグループホームでの仕事は、15年くらいやっていました。



知的障害の方の就職先の変化


支援の仕事をやりながら、働きにいく人が失業をするので、その失業した人たちの仕事を探すって言うのは、最初の頃からずっとやっていました。
私の職場が葛飾区なんですけれど、以前は、葛飾区は、町工場がすごく多いので、昔からの職人さんが、車のガラスを作ったり、おもちゃを作ったりっていう産業が盛んな町でした。
そういう家族経営的なところで、障害のある人を雇ってもらっていたのですが、15年くらい前から、そういう産業は、ほとんど国外にいってしまって、今では、もう障がい者を雇ってくれる会社が本当に少なくなりました。
今では、そういう人たちは、大企業の特例子会社だったり、オフィスビルの中で一緒に働いたりっていう形が増えています。
そうすると、都心に出て行って、オフィスの中で働くことになります。町工場で働いている時は、挨拶がろくに出来ていなくても職人さんに面倒を見てもらいながら体を動かしていれば仕事になっていた人もいたんですが、オフィスの中で働く様になると、まず、見た目とマナーがちゃんとしていないと、合格もなかなか難しいです。



自己肯定感の低さ


作業をやると、ちゃんとできるのに、社会性が育っていないと、なかなか合格が出来ない。でも、自己否定が強いと、社会性ってなかなか育たないんですよね。
マナーを身につけて、一人前の社会人として社会に出ていくためには、「自分はこの人たちの中に入って、やっていけそうだ」っていう自信が持てないと、なかなか難しいです。そしてそれに合わせたスキルを身につけるのは時間がかかるっていうところに気づいたんです。
私の働く施設は2年間で障害のある人の就職を進めていく施設なんですけど、利用者さんの中にはなかなかスキルが身に付かない人がいます。
どうして身に付かないのかというと、自己肯定感の低さがあります。
「どうせ出来ない」って思っているから、ちょっと間違っているよって言われただけで、やりたくなくなったりします。
やりたくないだけだったら良いのだけど、次の日に行きたくなくなる。そのうちに、遅刻じゃなくって、出勤拒否になってしまう。
そうすると会社からも「ちょっとうちでは難しいね」っていうことになってしまうんです。



出来たという体験を繰り返す


こういう人たちに、もう一回再就職してもらうためには、頭ごなしに「君の悪いところを直しなさい」って言っても、やっぱり直っていかない。
もう、今まで何年もダメなところは指摘をされて、直しなさいって言われているのに、直せてないのは、やっぱり自己肯定感の低さに原因があって、周りから認めてもらっている体験が少ないから、そもそも出来ると思っていないんです。
できないことを無理してがんばるのではなく、少しだけがんばったらできることを何度も体験することで、「あ、できるな」っていうのが、なんとなく感覚としてつかめるようになってきます。
そうすると、次にもう一個難しいことを、提案すると、「この間、これが出来たから、もう一回やってみよう」っていう風になっていくんですね。
そういうプログラムを、うちの事業所の中で、色んなツールを使いながら、やっています。



自己肯定感を育てる


例えばですが、うちに今、くもんを導入しているんです。くもんで、1から100まで数字を並べられなかった女性が、1年半くらい活動しているうちに、「たす2」まで出来るようになったんですね。
「たす2」が出来ても仕事にはなかなか活かせないんですけども、1から100まで並べられない時って言うのは、自分なんてどうせダメだっていう意識が強くて家でも虐待を受けていたんです。
家の中の様子はほとんど変化が見られないんですけど、数字が少しずつ数えられるようになって、「たす1」ができるようになってというプロセスを見ていくと、それに合わせて出勤できる日数も増えてきました。
途中で自分から「宿題を出して欲しい」と言うようになるくらい、前向きに物事をとらえることができるようになってきたんですが、その頃にはもう来る日数が全日出勤が出来る様になってきました。
そして、最後に就職って言う形になっていくんですけど、今はもう3年くらい続けて、勤めることが出来るようになっているんですね。
そういうのをずっと目の当たりにしていると、自己肯定感を育てるって言うのは、すごく大事なんだなっていうことを感じています。
一日を通して、そういう体験が出来る場っていうのを、色んなプログラムを作りながら、やっていくことで、離職率を下げながら、自信をもって働いてもらえます。



食育、最初は嘘だと思ったんです。


それをやっている時に、長野さんと出会って、「食事で変わるんだ」っていうのを最初聞いた時に、私は嘘だと思ったんですね。
今まで俺がこんなにやっているのに、食事だけで変わるんだったら俺たちは何なんだと思って。でも、一回見とかないとダメだからと思って、長野さんのフリースクールに行って、話を聞いて来たんです。
こういう風に食べてこうすると、こうなるんだっていうのを言われて。それでも、やっぱり納得ができないので、色んな本を調べてみたところ「あ、これはどうやら、本当らしいなぁ」と。
それで、長野さんのところに何回か通いながら、食事の改善だったりっていうのを自分でもやってみたんです。
食事を改善すると頭がスッキリするというのを実感したんです。ただ、やるのは大変なんですよね。



食育と一緒に提供したいが


うちの利用者とかにも「こうすると、こうなりますよ。」って言ってみたんです。でも、まずそれを言っても、真実だってお母さんに思ってもらえない。
あとは、自分では出来たけれど、この人に提供できるのか?っていうと大変すぎて、やっぱり出来ないんですよね。
食事も一緒に出来ると、すごく効果が上がるだろうなぁって思っていたところに、長野さんから「ワークピア河口湖」のお話を聞いたんです。
私が今やっている方法と、長野さんの食育が一緒になれば、絶対効果は高くなるだろうと思ったので、じゃあ、ぜひ一緒にやりましょうという形になったんですよ。



実際の就職後の定着率


他の就労支援施設と比べると、うちは定着率は高い方です。
およそ6〜7割が平均値で、うちは、8割以上、離職せずに仕事を続けられていますね。



絶対に怒らずに、褒めていくということ?


世の中で良く言われている、褒めて育てるっていうのは、実は、ただ褒めているだけで伸ばすのはなかなか難しいんです。
今までいろんな方に関わってきましたが、褒めて育てられてるはずなのに、引きこもっていた経験のあるお子さんって、何人も見てきました。
その人の周りの人達(家族)を見ていて何かが足りないって思ったんですけど、何が足りないかって言うと、本人が「本当に出来た」って思っている時に「あぁ、良く出来たよね!」っていうのを一緒に喜んで、共感することができていないんです。親の価値観で一方的に干渉したり、子供が注目して欲しいと思っているところを弱気になって声もかけられなかったり。
本人が「できた」と思っていることを、こっちも「出来たね」って一緒に喜んでいると、どんどん伸びていくんです。
本人が出来た感が全くないのに、親だけが「ああ良く出来たね」って言っている場合って「承認」されていないんですよ。だから、親が一生懸命褒めているのに、子どもは、全然「できた」って思っていないから自己肯定感が逆に下がっていったりするんですね。
そこのギャップが大きくなればなるほど、いくら褒めても伸びていかない。で、ちゃんと本人が「できた」って思っているところを、こちらもしっかり観察をして、あ、今、すごい喜んでいるなって思った時に、「あぁ、いいね」っていう声をかけると、かならず効果が上がってくる、それを実践しています。



大切なのは観察すること


うちの職員に言っているのは、「まず観察をする」。ほとんどの人は、見ててダメな時に自分の価値観だけで「あ、これダメだよ」でいっちゃうんです。
それで、またやっていたら「さっき言ったじゃない、なんでこうするの」とか。それでなければ「これはこうやってやれば閉められるからね」とか、聞かれてもいないのに教えてしまうんですね。
そうすると、自分で課題を発見して、自分から解決しようっていう、意欲がまったく出てこなくなる。これは、健常者も障がい者も一緒だと思います。
障がい者の場合は簡単な作業だったりすると、見てすぐ分かるところで出来てないから、ついついおせっかいで言ってしまったり、出来て当たり前だろうっていう、自分の感覚をそのまま押し付けてしまうんです。
そうではなくって、その人が持っている力で、何が出来て、何が出来ていないのか、出来ていないのは、どこでつまづいているのかを観察します。
じっくり観察をした上で、うまくできるようにするためには「次にどうするか」っていう風に考えてから行動するとミスって言うのは、ほとんど起こらない。
だけど、観察をしてから、取りかかるっていうことを、やっていないので、なかなか上手くできるようにならないというところがあるのではないかと思います。



外に出ると


施設の外に出ると、丁寧にそれをやってくれる人は、ほとんどいないのが現実です。
だから仕事をやっていると「なんだ、おまえ、これ言ったことと違うじゃないか」「なんでやっているんだよ」っていう言い方をされるのもよくあることです。
そうすると、せっかく自己肯定感を育てていても少しずつ、培ってきたものが壊れていきます。
そういう人の中には半年もすると状態が悪くなって、それで、1年後ぐらいにまた施設に戻ってきてしまうっていうこともあります。



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